●伝説の夢を誘う田沢湖
Lake Tazawa, inviting the dream of a legend

Photo:Tadahisa Sakurai   高度1000メートルから見た田沢湖

 田沢湖は周囲20キロ、日本でいちばん深い湖としてよく知られている。最大深度423.4メートルのカルデラ湖である。ちなみに深度は、世界で17番目である。岩手県との県境、奥羽山脈のふところにいだかれた風光明媚な観光地で、温泉・登山・スキーなど、四季を通じて楽しむことができる。
 田沢湖には有名な「辰子姫伝説」が伝えられていることや、縄文遺跡の発見によって、見るものを古代の夢に誘う独特な神秘的雰囲気を感じる。しかし、こうした伝説などが原因で、湖岸の住民がなかなか観測や計測を許さないこともあった。これは、日本の湖沼研究の創始者である田中阿歌麿博士の『湖沼めぐり』(1918年)という本にも記されている。
 博士は秋田県水産試験場から招かれ、明治42年(1909)、はじめて田沢湖の調査を行なった。当時は、湖中に鉄を入れると祟りがあるという辰子姫伝説が信じられていたため、鉄釘を使った舟がなく、丸木舟を使用していた。そのため調査は難航し、充分に果たすことができなかった。しかし、すべて手作業によって深度397メートルという観測記録を残した。
 その後、大正3年(1914)、東北帝大の本多光太郎がルーカス式測深器とスチールワイヤーを用いて、現在と同じ深度を計測した。昭和12年(1937)、吉村信吉博士が詳しく調査した結果、湖底に高さ85メートルの小さな 山があり、これは火山であることが確かめられた。

田沢湖の断面図

(西條八束『小宇宙としての湖』の挿入図を元に制作)

  Lake Tazawa, 423.4 m deep, is on the prefectural boundary of Akita and Iwate, and is well known as the deepest crater lake in Japan. The water is beautiful and visitors experience a mysterious mood because in the "Tatsuko-hime Legend", a beautiful girl, Tatsuko, became a water dragon.

●湖は小さな宇宙
Lake, Universe in Miniature

Photo:Tadahisa Sakurai

真夏の湖。湖面の色は季節、太陽の角度や時間などで千変万化する
 深い湖では、年間を通じて深層の水温変化が少なく、また過去数回の氷河期にさえ大きな環境的変化を受けなかった。そのため、湖には古い時代の歴史が残っている。したがって、湖中の生物は時代から隔離された状態におかれ、小さな宇宙を形作っている。しかも、それぞれの生物は相互に関係し、コントロールしあって安定した状態を保ち続けている……。

 これは1887年、アメリカの動物学者フォーブスの講演「小宇宙としての湖」で述べられたことであるが、その後の湖沼学、生態学に大きな影響を与えた。講演から100年以上の年月が経っているが、自然環境を考えるうえできわめて重要な示唆を含んでいる。つまり、こうした小宇宙の内部ではひとつの生物に与えられた影響は、かならずすべての生物に波及するという事実である。多くの種が、地球という限られた場所で生活することを考えれば、そのことはただちに理解されるであろう。

 Deep lakes record a long history, because they have been unaffected by environmental changes. In them, living things are isolated from time, and form a miniaturized universe while interacting with each other. At present, many species live on earth, a limited place. Environmental issues in lakes may be just a looking glass to mirror the global environment.

●辰子姫伝説
Tatsuko-hime Legend
 田沢湖の西岸潟尻に、ひときわ目をひく黄金の像が建っている。辰子姫伝説から材を採った、舟越保武による「たつこ像」である。ここを訪れる人は、まず間違いなくこの像の前で記念写真を撮影するという、定番スッポトである。その伝説とは、つぎのような話である。
 昔、神成沢の百姓三之丞には辰子という美しい娘がいた。年頃になった辰子は、ある日湖水に映った自分の顔に見とれ、いつまでも変わらぬ美貌を保ち続けたいと、観音様に願をかけた。満願の日、わらびを採りに山へ入った辰子は、イワナを焼いて昼餉を食べたところ、激しい喉の渇きをおぼえ、谷川の水を飲みはじめたところ、飲めども飲めども渇きは収まらず、ついに雷雲を呼び山津波を起こし、大きな湖を造ってしまう。しかも、いつの間にやら辰子は恐ろしい蛇に化身していた。蛇になった辰子は、やがて湖の底へと沈んでいった。永遠に姿の変わらぬ、 湖のぬしとなったのである……。
Photo:Tadahisa Sakurai

新旧ふたつの辰子姫像。左は昭和14年建立の「姫観音」。玉川の水を導水するに際して、「湖水の神辰子と滅びゆく魚族のために」仏教会によって建てられた。右は舟越保武制作の「たつこ像」。構想2年余、現地取材5回を経て昭和41年に完成した。像の高さ2m30cm

 こうした伝説には、必ずと言ってよいほど類似の話やヴァリアントが存在する。秋田の三つの 大きな湖、十和田湖、田沢湖、八郎潟(現在はほぼ消滅)、そして二ッ井・鷹巣あたりの米代川流域を舞台にした、八郎太郎・南祖坊・辰子姫の三者が織りなす物語などは、さしずめ辰子姫 伝説の後日談といった趣を持つ壮大なストーリーである。

 A statue of Tatsuko-hime stands in the waters on the west side of Lake Tazawa, shining in gold. This statue was based on the legend of the lake handed down from ancient times. Tatsuko-hime desired eternal beauty and was transformed into a water dragon.