温泉は世界の至る所に存在するが、温泉とのかかわり方、すなわち「温泉の文化」ということになると、地域によって相当に異なっている。いずこの温泉も、医薬が未発達の時代から病気を癒し、疲労を取り除くことで人びとに貢献してきたことに間違いないが、観光的要素が強くなった日本と比べると、ヨーロッパではあくまでも治療やリハビリのための「湯治場」という考えがいまだに根強い。そのため、温泉療養は医療行為として認められて保険も適用される。
 また温泉療養といっても、ヨーロッパでは「飲泉」が主流である。一般に温度が低く、湧出量が少ないこともあって量より質が重要視されているようだ。有名な温泉地といえども、湯を満々とたたえた「大浴場」がない場所もある。あっても家庭の浴室のような個室が並び、使用するたびに湯を張るタイプや、水着着用がほとんどなので、まるでプールのように感じてしまう。こうしたところでは、医師の指示に従って一定量の鉱泉水を飲んだり、決められた時間だけ湯につかり、シャワーを浴びながらマッサージを受けたりする。
 

 
   ヨーロッパでは、古代ローマに起源をもつ温泉が多い。温泉好きだった古代ローマ人は、カラカラ浴場のような壮大な施設をいくつも作ったようだ。さらに領土を拡張するにつれ、ヨーロッパ各地にローマ風の浴場が増えていった。浴場には温度の違う複数の浴槽やシャワー、またサウナやマッサージの部屋があり、運動場や散策のための庭、談話室などを備えていた。人びとは、まず運動場で汗を流したあと、複数の浴室を巡る循環入浴で長時間を過ごした。
 
ローマ人が残した温泉は、中世になると庶民の憩いの場となり、入浴は飲食や音曲とならぶ楽しみのひとつとなった。しかし、混浴による風紀の乱れ、また伝染病の蔓延によって温泉は次々と閉鎖されていった。
   
 
   
   近世になると温泉の治癒力が医学的に裏付けられ、それにしたがって湯治場も復活した。 18世紀になると王侯貴族の湯治旅行が流行し、地方の温泉地は華麗な社交場となった。 19世紀の産業革命以降は市民層が主役となるが、文化人や芸術家もしばしば訪れ、湯治場に行くことがステータスの証ともなった。古くからの温泉地を訪ねると、宮殿のような建物を目にすることがあるが、当時の流行や人びとの願望が建築に反映されたものといえよう。
 
戦後は特権階級の減少から大衆化するが、マイカーの普及とバカンスの多様化で温泉離れがすすんだ。しかしレジャー・スポーツ施設と結びつく再開発によって、また高齢化対策や健康志向から「ヘルスリゾート」としての価値が見直されてきた。
 ちなみに、ヨーロッパでも東方のトルコ系諸国では西ヨーロッパとは雰囲気が異なり、温泉は「銭湯」感覚に近いようだ。体の汚れを落とすばかりでなく、心を癒す場所、社交の場としても活用されている。
   
 
   
   またアメリカやオーストラリア、ニュージーランドなどでは、レクリエーションの一部として野外の温泉プールで入浴を楽しむといった利用法が多く、ラテンアメリカや東南アジア諸国でもレクリエーション的傾向が強いものの、さほど利用されてはいないようだ。韓国や台湾などでは日本の影響が強く、最近では観光的娯楽的色彩が強くなった。日本にも温泉を目的とした観光ツアーが増え、こうした傾向を裏付けている。温泉文化の影響・交流のひとつの表れと考えてよいだろう。
 このように、温泉といっても、たっぷりとした湯につかりながら自然の移ろい、宿の雰囲気、料理といったものを楽しむ日本的温泉観とは異なる多様な温泉文化が存在し、独自の歴史や気候風土を背景として発達してきたことをもっと知ってほしい。国外旅行に出かけたらちょっと足を延ばし、その国の温泉に入るというのもいいだろう。ふつうのガイドブックでは分からない、ほんとうの異文化コミュニケーションを体験できることと思う。